埼玉県西部の坂戸市と入間郡鶴ヶ島町(現、鶴ヶ島市)一帯は昭和末期になっても人口増加と都市化が続く中「都市ガスの波にさらわれる前に、従来のボンベ供給から簡易ガス方式に切り替え、LPガス事業の発展継続を図ろう」と坂戸市緑町、(有)丸新商店(久保田利明社長)と同市泉町、(有)森田燃料店(森田善夫社長)と(株)サイサンの三社が共同出資し、昭和62年12月16日にグリーンガス(株)を設立した。資本金9,950万円。(株)サイサンの川本宜彦社長は取締役会長となり、初代社長には久保田利明が就任した。


久保田は(有)丸新商店の二代目社長としてLPG販売を続けていたが、昭和59年秋ごろ「都市ガスに対抗し、何か手立てはないものか」と(株)サイサンの島田春治・LPガス販売部長、清沢良治・簡易ガス課長らに相談したのがきっかけで、川本社長から簡易ガス事業化へのゴーサインが出され、これに共鳴した森田燃料店の参加で、三社による新会社設立となった。


設立翌年の63年5月、鶴ヶ島町脚折1-10-11の用地(510平方メートル)に社屋(66平方メートル)と特定製造所(6,000リットルバルク容器、毎時200キロのサンライザー各1基など)の建設準備に入った。簡易ガス事業については、あらかじめ丸新商店が坂戸藍市緑町地域(308地点)で取得した関東通商産業局からの許可をグリーンガスが譲り受けた。同年7月には、緑町一帯の配管に接続するガス本管(約230メートル)の敷設に伴う鶴ヶ島町道の道路占用許可も同町より受けた。


ところが鶴ヶ島の住民の間から「ガス基地建設絶対反対」の運動が起こり、諸工事はストップに陥った。この難局には川本社長は「どんな難解といえども解決不能ということはない。むしろ問題とは解決されるためにこそ存在する」と名言をはき、翌平成元年6月、グリーンガス代表取締役社長には久保田社長に代わってサイサン常務取締役直売本部長・土屋三郎、また同取締役営業部長には同社直売本部次長・吉沢勝を起用し、サイサンが前面に立ち誠心誠意をもって、反対される住民各位への対応に当たった。


この結果住民側の了承も得られ平成2年7月、工事棚上げも二年ぶりに解消されて再開、同年10月26日、グリーンガスは坂戸市緑町地区への簡易ガス供給を開始した。


平成3年6月、グリーンガスは資本金を1億5,000万円に増資、同6年7月には、川本宜彦・同社会長のもと、代表取締役社長には新たに森田善夫が就任した。


グリーンガスは、都市化が進む地域の中に、大手と小売りのLPG業者がスクラムを組んで簡易ガス供給地域づくりに成功したモデルケースとして全国から注目されている。